HIROSAKI甘味旅
石崎弥生堂157年の歴史
1854年に創立し、今年(2011年)で157年の歴史を持つ石崎弥生堂。
弥生堂はもともと2代目まで「おこしや」を営んでいました。
その後、時代の流れに合わせて少しずつ、店の形態も変化し、現在6代目の当主になられた石崎庸市さんが幼少の頃は、パンや駄菓子、アイスなど今でいうコンビニのようなお店だったそうです。
駄菓子屋一本で店構えをしたのが30年前だそうで、当時は家族だけでお店を経営。
時代と共にお店の在り方は変化していったが、157年たって今もずっとお菓子を作り続けてきた弥生堂が今ここにあります。
6代目石崎庸市さんの経歴
「小さい頃から親戚のおじさん達に「跡継ぎだなぁ」「6代目だもんな」と言われ続けてきたので継ぐことは必然だな、と思っていました。
でも高校2年生の時、父に「店を継ぐのか?」と改めて真剣に聞かれましてね、「継ぐ」と答えたらさっそく東京に連れて行かれて18歳の頃から東京で4年間和菓子の修業をしました。
修業していたころは洗い場から始まり、あんこ包みをし、四季折々の毎月違う和菓子の形や色付けを覚えることで毎日が精一杯でした。
その後青森へ帰郷し、そのままずっと5代目の下で修業にはげみ、4年前6代目となり、今に至ります。」
と、照れくさそうに笑う石崎さん。
石崎弥生堂が作り出す『ネジネジお菓子』
ボリボリ、ポリポリとした歯ごたえ。
ほんのりとした甘味が癖になる石崎弥生堂の名物である『縄かりん糖』。
弘前市民に親しまれてきた、この縄かりん糖の歴史は大正頃から始まりました。
きっかけは、夏の暑さでもお菓子が悪くならないよう一年中売れるお菓子を作ろうと試みたことだそうです。
縄かりん糖は、朝6時から庸市さん、奥さんの久美子さん、息子さんの三人で生地の仕込みをすることから始まります。
種になる生地は季節によって温度が変わり、蜜の量を変え硬さを調節していかねばなりません。
この作業は、感覚で覚えていかなければならない為、経験がものをいいます。
次に縄かりん糖のイメージにある、ねじりを作る作業をしていくのですが、機械ではできないため1日5千個を一つ一つ丁寧にねじっていきます。
最後の揚げる作業は、庸一さんと息子さんでしかできないものです。
時間、温度などを見ながらという、経験がものをいう作業で、3時間もの間ひたすら揚げていくのです。
この一連の作業が、縄かりん糖のあの独特の食べごたえと美味しさを作り出すのです。
また、1998年に岩手県で開催された全国菓子大博覧会で、この縄かりん糖は、「農林水産大臣賞」という、とても栄誉ある賞を受賞した、すごいお菓子なんです。
その他、7代目夫婦が新しく「弘前をイメージして考えた城」。
白あんがたくさん詰まっている大納言入りの最中もおすすめです。
石崎弥生堂の魅力
「7代目夫婦が和菓子を作って売っているんですが、昔からの物は変わらずそのまま受け継ぎ、
時代の変化に合わせて新しいものも取り入れていくのが石崎弥生堂です。」
と、石崎夫婦。
変わらない味を守ってきた石崎弥生堂。
時代と共に進化し続けていく石崎弥生堂。
そんな二つの顔があるからこそ、たくさんの方に末長く愛されるのです。
・お問い合わせ
住所/弘前市亀甲町13
電話番号/0172-35-5753
FAX/0172-35-6722
営業時間/9:00~18:30
定休日/第2・第4日曜日
駐車場/お店前4台
地方発送/縄かりん糖のみ可能
[縄かりん糖]
内容/200g
賞味期限/3か月
10袋から代金引換で全国配達可能です。
金額、送料などは、お店にお問い合わせください。
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