魅力No.1218


「弘前」を感じる物語~『津軽百年食堂』~

津軽百年食堂
2011年4月2日(土)に全国公開が予定されている同名の映画の、原作である。
刊行は2009年3月で、僕がまだ東京に勤務していたころ、都内の大型書店でこの本を見かけたことはあったのだが、実際に買って、読んでみるまでに2年近く間を開けてしまった。こんな素敵な小説、もっと早く読んでおけばよかったと、読了後に悔んだものの、良書に出会うことはいつであっても遅い、ということはないのだ。
映画公開に便乗しているみたいでちょっとシャクだけど、ぜひともこの素晴らしい小説をたくさんの人に読んで欲しくて、この「青森の魅力」で紹介させてもらいたい。

主な登場人物は、東京で孤独に暮らす陽一と七海という二人の男女。ともに青森県弘前市出身であったこの二人は、ふとした偶然から運命的な出逢いを遂げ、やがて惹かれあっていく。
しかしある日、些細なことから二人の間に亀裂が生じる。自分の進むべき道を見失い、自信をなくす陽一と、自分の進むべき道をつかんだ七海。小さな口論は大きな溝となり、そのまま陽一は、実家の食堂を手伝いに弘前に帰郷し、七海は東京に取り残される。離れ離れになった二人は、春満開の弘前公園桜まつりの場で、再び巡り合うのだったが……。

とにかく、万人にオススメできるハートフルな物語なのだけど、それでもやっぱりまずは弘前で生まれて、弘前で育った人に読んでほしい。特に、弘前を離れて東京で働いている人たちや、東京での生活に疲れて弘前に戻ってきた人たちに。
陽一や七海が思い出の中で語る弘前の風景描写は、まさに僕たちが当たり前のものとして過ごしてきた弘前の姿、そのものなのだ。都会の派手でオシャレな生活の中で感じる、弘前のどうしようもないカッコ悪さ。そして、都会の喧騒と孤独の中でふっと思い出す、弘前の温かさ。これらを体験したことのある人にとって、この物語は涙なしには読み進められないでしょう。陽一や七海が感じたこと、体験したことは、東京に暮らすたくさんの弘前の人たちが多かれ少なかれ感じて、実際に体験することと一緒なはず。だからこそ、読んでいくうちに自然とこの二人に感情移入できるのだ。予定調和的な結末も、自然と心に湧いてくる二人への応援の前には気になりません。満開の桜が咲き誇る弘前公園を思い出しながら、読んでみてください。

本書の読みどころはもう一つ。タイトルにもなっている「津軽百年食堂」そのものだ。陽一と七海の物語の合間あいまに挟まれる、悠久とした時の流れと、その時代を生きた人々の姿。絆は受け継がれ、百年の時を経る。主人公二人の、さしあたっての結末と百年食堂の歴史が見事にリンクした瞬間、作者の構成の巧みさに感心させられるでしょう。

というわけで、来年公開の映画の方も絶対見逃せないなと強く感じる次第でありました。皆さんも、私の拙い書評で何かを受け取ってもらえたなら、お近くの書店でお買い求めください! 2011年1月6日には、小学館文庫より文庫版(定価 670円)も発売されますので、ますますお買い求めしやすくなりますよ!

東京のどこかで同郷の人と出逢うと、どうしてこんなにも親近感があふれてくるんだろう。どうしてこんなにもワクワクして、やさしい気持ちになってしまうんだろう。弘前で出逢っても、ただの他人のはずなのに――。

『津軽百年食堂』 森沢明夫 小学館 2009年3月初版 1500円

小説に登場する食堂のモデルのひとつとなった、弘前市内にある「三忠食堂」のHPはこちらになります。

映画『津軽百年食堂』の公式HPは、こちらからどうぞ。

原作・映画をより楽しむためにも、どうぞご覧ください。

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