今日和、new_rockです!
今年の秋に、深浦町にあります『北金ヶ沢のイチョウ』を見て来ましたのでご紹介いたします(^▽^)b
とても大きなイチョウで、木の周りをグルリと歩いてみました。まるでジブリ気分(笑)
この空間を潜りたくなりますよね(笑)
ワッショ――イ!!とか言いながら走り抜けたい!!
見て下さい!この大きい幹!凄いですね~☆
動画で撮影してみましたので、そちらも掲載しておきますね!
デジカメで撮影していて、画質が荒いですがご了承を><。
では、こちらの『北金ヶ沢のイチョウ』について書き出してみま・・・・の前に、このイチョウの手前に公衆トイレがありまして、そこの看板の文句が面白かったので先にご紹介しますね!
【日本一の大銀杏 さわやかトイレ】
・・・日本一を先に持って来ての~~さわやかアピール。最初「日本一のさわやかトイレ」と読み間違えて笑ってしまいましたが・・・残念ながら(←?)ちゃんと読むと、「日本一の大銀杏 さわやかトイレ」でした。
さて、話を戻しましょう(^ω^;)
『北金ヶ沢のイチョウ』
国指定天然記念物 平成16年9月30日指定
このイチョウは樹齢1,000年以上、高さ約31m、幹回り22.00mで、垂れ下がっている沢山の気根・乳垂から【垂乳根(たらちね)のイチョウ】と呼び、古くより神木として崇拝信仰されています。
また、お産をし母乳不足で困っている女性に乳を授けるありがたい樹としても広く知られてきました。
この地は、元享年代(1321年)頃から応永年代(1400年)に栄えた金井安倍氏の菩提寺の別院が建立されていたと伝えられています。
そして伝説には、古代の武将安倍比羅夫が建立した神社の跡地で、そのときこのイチョウが植えられたと言われています。(深浦教育委員会)
■垂乳根(たらちね)とは?
たらちねの:「垂乳根(子供に与える乳が垂れる)」という意味から、お産をし母乳不足で困っている女性へのご利益として、信仰の対象になったんでしょうね!
■武将安倍比羅夫(あべのひらふ)って誰?
古代の武将です。7世紀中頃、斉明天皇の時、日本海沿岸の蝦夷(えぞ)を討ち、天智天皇の時、百済(くだら)救援の為、新羅(しらぎ)と戦ったが、白村江(はくすきのえ)の戦いで敗れたそうです。(辞書参照)
■安倍家って?
武将安倍比羅夫(あべのひらふ)で調べた所、皆さんご存知の『安倍晴明(あべのせいめい)』が出てきました。この安倍家の始祖について書かれており、その中に『武将安倍比羅夫(あべのひらふ)』が出てきました。少しご紹介しましょう!しかし・・・安倍家って藤原氏が及ばない程の名門だったんですねぇ。
第六代孝元天皇の子で「大彦命(おおひこのみこと)」の子、「武渟川別命(たけぬなかわわけのみこと)」の子孫とされており、武将で名高い「武将安倍比羅夫(あべひらふ)」、左大臣「安倍倉梯麻呂(くらはしまろ)」、右大臣「安倍御主人(みうし)」など公明な人物が多い。※『安倍御主人(みうし)』は竹取物語で【かぐや姫】に求婚した人だそうです。
安倍氏は斉明天皇の時代、蝦夷征伐に功績があり、その血筋は東海、北陸、陸奥に広がったと伝えられているそうです。奈良時代には、安倍氏は朝廷の重臣だったそうですよ。
綺麗な紅葉時の写真をUPされている記事がありますので、あわせてご覧下さい☆
魅力No.1086「日本一の大イチョウ」:ゲスト様投稿
やはり紅葉時は趣が違いますね!
最後に、世界一のさわやかトイ・・・じゃない、『世界一の大銀杏 さわやかトイレ』の近くに深浦町MAPの看板がありました。こちらです。
深浦は夕日がとても綺麗で有名なので、こちらの看板もやはり使用されている写真は「日本海の夕日」でした。銀杏の葉を模した看板も良いですよね♪
最後にちょっと遊んでドイツ語入れてみました!ドイツ語はエキサイト翻訳頼りなので・・・そこいらへんご了承を(笑)
ではでは、new_rockがお送りいたしました☆
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