魅力No.1173


馬ってね~。

今回は馬の知識第二段を書こうと思います。 

馬の神様「蒼前」

蒼前神は、東北地方独特の神です。関東以西には例がありません。文献がなく謎の神ですが、蒼前のほか、宗前、相善など、いろいろな書き方をすることから、漢字が日本に入る以前からの神ではないかともいわれます。その由来には、古代、天皇が正月七日に愛でた白馬をソウゼンということを起源とするなど諸説があります。

馬頭観音

馬の供養の神として全国各地にあります。いまでこそ馬の神として知られていますが、もともとは人間を救うインドの神です。江戸時代になって、観音の頭に馬の首があることから、馬の神といわれるようになりました。

南部小絵馬

八戸市では、すでに室町時代に、図案化されたような独特の絵馬を奉納しており、これらの絵馬が発見された岡田観音堂の別当の名前をとって、「藤右衛門の小絵馬」と呼ばれています。江戸時代になって、宝永から宝暦年間(1704~1751)に「藤右衛門の小絵馬」と同系統の絵馬が、青森県東部から岩手県北部で盛んに奉納されました。これらを中心とした南部地方の絵馬を総称して南部小絵馬と呼んでいます。

昔は馬と一緒に住んでいた

馬と同居した家屋としては、岩手県地方に見られる南部曲がり屋が知られています。

しかし、青森県でも、馬と同居した家屋がありました。岩手県の曲り屋と違って真っすぐな家で、これを「直屋=すごや」といいました。

こんな感じだったんでしょうか(^-^)

今ではあまり見なくなった家ですが、この展示している部屋を見ていたら、なぜかふと馬が普通にいる景観、馬と一緒に生活していた昔の話をしている十和田乗馬倶楽部会長が頭に浮かんでしまった僕でした。

コメント一覧

  1. 53年前、八戸市の農家に下宿していた。
    元馬小屋。母屋I型の東端に8畳ほどの台所があり
    そこから、南へL型に馬小屋が続いていた。
    そこに水色のペンキを塗り(6畳ほどの広さ)
    下宿屋としていた所に2年ほどいた。
    カイバ桶の窓の名残もあり、3方向の板張りも、密にでき
    ていて、寒風も吹き込まなかった。台所からは、馬が常に
    見られるように、腰板の高さ。馬が家族同然に大事にされ
    ていたことが良く分る建物であった。

    花野咲耶

    2014.01.02


  2. 馬と一緒に住んでいた話は、良いですね~
    南部は馬の名産地ですからね、奥州の馬は京でも人気があったそうです。
    働き者で、良く慣れてくれたのだろうな~
    おっ、君みたいだね!!

    BANBA

    2010.12.20


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